#9.ようやく理学療法士の世界へ

実習 のち卒業研究 時々 国家試験勉強

何事もなく無難に終わってしまった実習。

実習が終わると一皮向けて帰って来る学生もいました。
私は…
どっちかというと、こんなものか…という残念な気持ちが強かった。
もっと魔法使いが多い世界かと思ってた。
私が思い描いていた世界とは違った。
でも、だからこそチャンスだと思った。
1年目から差をつけられる!
そう思ってさらに学びはじめました。
卒業研究にも力を入れました。
いや…
本当に力を入れたのは、パワーポイントですね。
人に伝わらなければ意味がない。
そう考えていた西山は、
いろいろな手を使ってスライドを面白おかしく作りました。
えっ?
見たい?
さっき職場の仲間に見せたら、
「学生レベルではないね〜。分かりやすいし、面白い!」
と高評価を頂きました( ̄∀ ̄)
卒業研究は、グループで頑張ったものなのでネット上に公開することは出来ませんが、もし西山に会う機会がありましたら是非見せてもらってください!
そんな卒業研究は、もちろん1位を取りました!
多分1位…
何かしら賞を頂いた記憶があるけど、
1位だったっけな?
まぁ、とりあえず上位にランクイン!
そんな卒業研究が終わってしまうと…
残すは国家試験のみ!
国家試験の勉強と言えば…
そう!
過去問解きまくる!
みんなひたすら過去問解いてましたね。
そこで捻くれた西山はどうしたかというと…
未だに解剖学、生理学、運動学の教科書を読みまくる。
過去問で間違った所は調べ、また教科書に戻る。
私の目標は、
国家試験に受かる事ではなくて、理学療法士として働く事。
そこはブレなかった。
だから、過去問を解くのは国家試験のために見えて嫌だった。
理学療法士になった後にも覚えておける知識のつけ方をしていた。
もしそれで落ちたら、国家試験の為の国家試験を国が作っているということ。
普通に理学療法士になってから必要な知識を勉強すれば、国家試験は合格するはず。
そんな思いで、みんなとは違った勉強をしていました。
いや〜歪んでますね〜。
この性格はいつまでも続くのでしょうかね〜。
乞うご期待!

これが本当の理学療法士西山祐二朗という男。

今回は西山をどうにか少しでも好きになってもらおうではないか!
私が理学療法士人生で、1番心に残っているある出来事です。
国家試験も無事に合格して、介護職として働いていた病院へ就職が決まりました。
ここまで予想通りの道筋を辿っていましたが、
やはり西山は肝心なところで第二希望の男。
理学療法士として私はスポーツに関わりたかったので、整形(運動器)の部署を希望していました。
すると、
「西山くんはまずは前に働いていた部署が働きやすいと思うから…」
とのことで、第二希望だった「脳血管障害」の部署へ。
さすがでしょ?笑
なかなか自分の思い通りにならないのが私のすごいところ。
それでも今となっては、「脳」を勉強出来たことは物凄くプラスになっています。
どんな患者さんでも脳を絡めて考えられるようになりました。
そんな第二希望の男西山に、最大の難関がやって来ます。
「もう歩けません」
ドクターにそう言われた50代の男性。
急性期の担当理学療法士からも、
「今後歩けそうにないので、車椅子を早めに作ってください」
と申し送られる。
脊髄梗塞という病気で、脊髄損傷のように腰から下は、触られている感覚もなければ動いている感覚もない。
右足は少し感覚も動きも見られるけど、左足は全くない。
そんな本人と言えば、
「何回も死のうと思った」
と。
それまで、大腸ガンや肝臓ガンなど沢山の手術をしてきて身体も心もボロボロの状態。
「左足を動かしてみてください」
「いやいや動かんって〜」と最初から諦めている。
でも私は見逃さなかった。
動かず感じずのはずの左足の親指だけピクッと動いた回復の兆しを…。
脳からの指令はきちんと筋に届いていた。
その動いている感覚がわからないだけ。
だったら、目で見ながら違う感覚を入れてあげればいい。
そう考えた若手の西山は、動いているのを見せながら筋トレをしていきました。
立つことすら難しかった最初の頃は、
起立台(下の写真)と呼ばれるお尻と太もものところをホールドしてからやっとこさ立っていました。
というより、立たされていたと言ったほうが正しいかも。
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※画像は、メディカルオンラインさんからお借りしました。

そんな状態が数ヶ月続きます。
私は何故か絶対に歩けると思っていました。
周りの先輩は、歩けないかもだから、車椅子の練習を…と最初からネガティブなことばかり。
歩くために頑張っている時に、
車椅子の練習をする事がどういうことか…。
「歩ける可能性が少ないので車椅子で生活できる練習をしときましょうね」
と捉えられてもおかしくはない。
それで、やる気が一気に無くなる可能性も充分に考えられた。
でも万が一の時のことも考えて、車椅子の練習はしなければいけないこと。
私ももちろん分かってました。
だから、もちろん車椅子の練習も同時並行で進めていきました。
場面場面で、ここは歩ける。
ここは車椅子が便利だから…
長距離歩行は難しいから…などと理由をつけて。
私は100%は納得していませんでしたが、
生活全てを考えるとやはり車椅子が必要になる可能性が高いと判断。
過度な期待を持たせるのも、諦めさせるのもいけない、なんとも難しい塩梅を探り探り。
私の絶対に歩けるというエゴも抑えて探り探り。
理学療法士としての経験が少ない中で決めなければいけなかったので、かなりのプレッシャーでした。
でも本当に、理学療法士として物凄く成長させてもらいました。
コケ方の練習もしなければいけない。
杖の選定もしなければいけない。
住宅改修も…
福祉用具も…
自動車改造も…
車椅子を車に積む練習も…
いろいろしましたが、
今思えば、私に勉強させてくれてたんだなと思います。
そんなこんなであっという間に入院期間があとわずか。
その頃には、ロフストランド杖を使って歩けるようになっていました。
「もう歩けません」
そう言われてから、
人生を諦めてから、
数ヶ月。
歩けるようになりました。
私がした事は、特にありません。
筋トレの負荷になったこと。
こうしたらいいのでは?と口を出したこと。
親指がピクッと動いたことに気がついたこと。
それくらい。
でも、そんな私が唯一出来たと自信を持てること。
それは、
理学療法士西山は…「諦めない」
人の人生を思いっきり応援する。
ということ。
その為の材料が、解剖学や生理学、運動学などの基礎的な知識や変化に気づける洞察力、触る力…などなど。
その土台の上に諦めない気持ちが必ず必要になる。
そんな諦めない気持ちを教えてくれた男性でした。
第二希望の男西山の生きる道が見えました。
相手が第一希望の生き方が1番心地いい。
自分のことは第二希望でいい。
それをずっといろんな人が教えてくれてた気がします。
〜その後〜
「おぅ!元気にしとるか!」
どこから聞いたかわからないけど、私が次の職場に移った事を知って挨拶に来てくれました。
それが、嬉しくて嬉しくて!
本当、理学療法士やっててよかったと思いました!
〜その後のその後〜
「西山さんのとこに入院出来んかね?」
どうやら転倒して骨折したらしい。
そして、他の人ではなく西山とリハビリをしたいとのことでわざわざ私のいる病院へ。
これはまた嬉しいですよね!
本当、理学療法士やっててよかった。
理学療法士を選んで病院を決める。
この時から理学療法士の検索システムが頭にありました。
〜その後のその後のその後〜
「2ヶ月前に亡くなったよ」
えっ?
理学療法士って何の為にリハビリを一緒にしていくかわからなくなりました。
理学療法士がするリハビリって何なんだろう。
そう思い始めました。
私は、あなたから頂いた焼酎を数年経った今でも開けれずにいます。
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